身体が鉛のように重い・・・。
やっとの思いで薄く瞼を開くと、闇に包まれていたはずの室内には陽の光が差し込んで明るく照らされていた。
光の強さを見ると、だいぶ日が高くなっているように思える。
こんな時間まで眠っていたのは、久しぶりだ。それもそのはず・・・。


昨夜は・・・・。


思い出したら急に恥ずかしくなって、身体に熱が戻りはじめてしまった。
ずいぶんと焦らされた挙げ句、いつにも増して乱れた事は覚えている。私も・・・そして彼も・・・。
いったいどれくらいの時間彼に抱かれていたのだろうか?
共に熱を放っては微睡み、そしてまた求め・・・求められて。
最後の辺りをよく覚えていないという事は、意識を飛ばしてしまったのかもしれない。


「おはよう、香穂子。目が覚めたか?」


香穂子が焦点の定まらない視線を月森に向けると、その視線を受けてゆっくりと指を頬に滑らして顔を包み込んだ。眉を寄せて少し苦しそうな表情で、目覚めた腕の中の香穂子を気遣う。


「蓮・・・・・」
「無理をさせてしまったな・・・。大丈夫か、どこか辛いところはないか?」
「平気、大丈夫だよ」


ふわりと微笑み返して、掠れた声ながらもしっかりと答えた。
しかし顔色に疲れが見えるのは気のせいではないだろうと、月森は思った。
いつも俺の求めに応じてくれてはいるが、正直辛い時もあるのではないだろうか・・・・。


「いつも、すまないな・・・・」
「どうして謝るの?」


苦しそうな表情のままでポツリと謝罪の言葉を漏らす月森を、香穂子はキョトンと見つめ返す。
しかし彼が昨夜の事を言っているのだと、すぐに分かった。
重い腕を何とか動かして、頬を優しく包み込む・・・・。そんな事はないのだと、不安を取り除きたくて。


「そんな顔しないで・・・蓮の悲しそうな顔みている方が、私は辛いよ。本当に嫌なら、ちゃんと言うもの。蓮が私にくれた気持ちを、精一杯返したかった。そして蓮が受け止めて、返してくれたから・・・・だからまた応えたいって思ったの」
「香穂子・・・」


強く抱きしめれば折れてしまいそうな細い身体なのに、彼女の心は空や海のようにどこまでも広くて温かい。
まるで俺の心まで包み込むようだと月森は思った。
“愛しい”その感情が溢れて胸を占める。


「でも、蓮ってばちょっとイジワルだった・・・」
「それは君が、あまりにも可愛いから」


ぷうっと頬を膨らませて睨むと、月森が困ったように笑って香穂子の唇に触れるだけのキスを送る。
ささやかな抗議は、こうしていつも、さらりとした大胆な発言と唇にかわされてしまうのだ。
普段は彼を振り回している(と自覚のある)自分が、ベッドの上では逆に彼に思う様振り回されている。
不思議なバランスだと思う。けれどもそんな状況が楽しくもあり、今がとても幸せだ。
もう〜仕方ないなぁ・・・と思っても結局許せてしまうのは、あなたが大好きだから。
きっとあなたも楽しんで、幸せな気持ちでいるんだよね。


ちょっと照れくさくなって俯くと、彼の浮き出した鎖骨や肩のラインが目に映った。そっと手を伸ばし、鎖骨の辺りに手を添えると、形を辿るように肩、そして自分の頭の下にある腕へと滑らせなぞっていく。
月森はくすぐったそうに目を細めて、香穂子のしなやかな指の動きを黙って見つめていた。


「ねぇ、腕、辛くない?」
「これくらいは平気さ。ヴァイオリンには影響ないから、安心してくれ」
「良かった。結婚してからずっと私の枕は蓮の腕枕だけど、心配だったんだよ。大切な蓮の腕に負担をかけるのは辛いし、でも大好きなこの枕が無くなっちゃうのも寂しいし・・・」
「俺もこの腕に抱きしめていないと、もの足りなくて眠れない。君の重みがない方が問題だ」


大真面目な表情が、嬉しいやら恥ずかしいやら。
思わず頬が熱くなって見つめると、背中にまわされた抱きしめる腕に力がこもり、引き締まった胸に引き寄せられる。身を任せながら、引き締まった広い胸へ甘えるようにすり寄った。


「香穂子・・・・・・」
「もっと、呼んで・・・・」


なぜだろう、愛しい人から名前を呼ばれると、温かくて幸せな気持ちになれる。
もっと、私の名前を呼んで欲しい・・・。


「香穂子・・・・」
「蓮・・・・・・・・」


愛しい人の名前を呼ぶだけでも想いが溢れて、泣きたくなるくらいに胸が切なく締め付けられた。
呼びかけられて、応えて。
たったそれだけなのに、名前はまるで魔法の言葉のように心の中へ染みこんでゆく。


「何だかくすぐったい感じだな」


瞳を甘く和ませて微笑むと、コツンと額を合わせてきた。
目を閉じて、彼の額と熱く触れる呼吸を受け止める。


「もう一度、呼んでくれ・・・」
「蓮・・・・」


長い宵闇が去って陽の光に包まれても、二人の愛は止まらない。
囁きは、覆い被さりながら優しく降り注ぐ甘い吐息と唇の中に吸い込まれていった。




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